栄養士をしながら漫画家を目指す私と食事がとれないおばあちゃんの話

栄養士をしながら漫画家を目指す私と食事がとれないおばあちゃんの話

今から5年以上前の話。

管理栄養士に合格し一年経とうとしていた。

栄養士時代の激務が怖くて栄養士に戻ることを躊躇しており
ずっと駅近くのコンビニでバイトをしていた。

「いつかは働かなきゃ。でも…」

私はこのころ漫画家になる夢をかなえたいと
うっすら思っていた。

栄養士を辞めている今がチャンスだと思っていた。

しかし同期は管理栄養士として働いて3年目になる。

国家試験に落ちた私は未だ管理栄養士経験は0だった。

すごく恥ずかしかったし、管理栄養士を取得したのに

未だに行動を起こせていなかった自分が情けなかった。

合格したとき両親はとても喜んでくれたし

ちょっと涙目だった。

今までロクに勉強したこともなかった
こんな自分が試験にパスした。

自分以上に周りの見る目を変えた成功体験だった

このことを考えると漫画家になりたいと言えなかった。

栄養士は皆さん知ってのとおり
とても厳しい世界で

短い栄養士時代だったけど十分に理解していたし
少しトラウマになっていた。

「就職しないと。」

仕方なく職場を探し
近くの老人ホームに就職した。

それから2年

仕事にも慣れてきたが
相変わらず激務で腰椎を痛めて
コルセットを付けて仕事をしていた。


もちろんプライベートは寝てることが多く
絵を描く暇はなかったが
何とか引きづりながら描いていた。

しかし人件費削減で管理栄養士も容赦なく
調理員に充てられるしむしろ若いんだから
一番厨房に入れと言われる。

だんだん会社の内部のことも解ってきた

働く人は皆いい人で恵まれてるなと思いながら
やはり会社は利益が一番で
コマとして使われている感じがとても嫌で
たまらなかった。

栄養士の仕事ってつまらない
自分じゃなくてもいいんじゃないのか?
代わりはほかにも居ると怒鳴られたこともあった
その通りだ。

どんどんやる気が出なくなった。

そんな時
入所しているあるおばあちゃんが
食事をまったく、いやほとんどとらないという。


家族の方はちょくちょく会いに来ているようだが

おばあちゃんは精神疾患を患っていたのか
身体的な病気ではなく
食べない。動かない。しゃべらない。

しかもあれもこれも食べれない。
甘いものしか食べない。

いろんなアレルギーがある。
日に日にアレルギーが増える。

アレルギーは甘く見たらいけない。

一昔前にお茶石鹸が流行った時に
ある会社の石鹸を使用し小麦アレルギーを発症した
というニュースがあった。

しかもそのお茶石鹸が原因で小麦アレルギーになった人は
人によるがほぼ一生小麦を使った食べ物が食べれない体になったという

この日本で小麦を使った食べ物はたくさんある。
既製品ほど入っている。

結果食べられるものがほとんどない。

間違って食べてしまうと
アナフィラキシーショックが起こり
最悪死んでしまう。

アレルギーは大変危険で苦しんでいる人がいたら
是非理解してあげてほしいし協力してほしい。

おばあちゃんの話に戻すと
おばあちゃんは小麦アレルギーではなかったけど
いろんなもののアレルギーがあった。

毎日の食事も1~2割しか食べない。
困った。

栄養剤で何とかつないできた。
時には点滴。

家族は胃瘻(胃に穴をあけて栄養を流す方法)はしないでほしいという。

そんな時にいろいろな方法を試した。
たまたまババロア状の栄養ゼリーのサンプルを
業者からもらったことがあった。

ためしにそのおばあちゃんに食べてもらうように介護士さんにお願いしてすぐに電話が来た。

「笑顔になって食べてくれたよ!」
家族の人もたまたま居合わせてみんなで
食事しているところを見させてもらった。

おばあちゃんが初めて笑っている。

少しずつゆっくり味わいながら食べていた

私はこれだ!!!と思い
この商品を食事に組み込むことにした。

全体的には一気に食事量は増えたわけではなかったが

少しずつ食べてくれるようになった。

この時に初めて栄養士になって良かったな
と感動した。

私の栄養ケアは完全じゃなかったかもしれない。

解らないなりに手探りでいろんな方法を探し回ったし
成果が出なかったことも多かった。

いや成果が出ない方が多い。

それでも栄養士の経験は無駄ではなかったなと
思った。

漫画を描くにしてもたくさんのストーリーを
考えなくてはいけないけど
実際に経験していけばネタは増える。

働きながら漫画を描くのは大変だけど
物語のストックには悪くないかもしれない。

そう感じて栄養士も絵を描くことも
やめなかった。

この時の経験は栄養士時代の思い出として
大切にとっている。

あの時のおばあちゃんは今どうなっているか
解らないが元気でいてほしい。