後世に残すべき!戦争を経験した祖母が残したメッセージとは

後世に残すべき!戦争を経験した祖母が残したメッセージとは

私はだいぶ自由人です。

幼いころから変わっているからと
誰も私のことを理解しようとは
していませんでした(おそらく)

昔、教師をしていた祖母はよく
かまってくれました。

そして母が幼稚園の教諭から
私が自閉症ではないのかと言われた時に

祖母が母に

「みーちゃんは大丈夫、ちゃんと分かっている」

そう言ったそうです。

幼いころに自由すぎて
理解者がいなかった私に
やさしく解いてくれた祖母の存在もまた
私の大切なルーツになっています。

そんな大好きな祖母が残した
メッセージをお伝えします。

祖母、本が好きすぎて県内の教諭志願者の定員40名に選ばれる。

 

 


大正生まれの祖母は本が大好きで大好きで
毎日読みふけっていたそうです。

そして勉強もする方だったので
文房具屋の人から当時では高価だったであろう
ノートなどを「頑張っているから」と
無償でいただいたと聞いたことがあります。

祖母は数学が苦手だったそうですが
小学校教諭になるには
オールマイティーにできなくてはなりません。

そして今のように教えるところも
解りやすい参考書も売られていない
(売られていても高価だったことでしょう)

ましてや女が勉強など!という風潮があった
当時、できないところまでレベルを落として
何度も勉強し直し続けて力を付けたそうです。

極端な話、数学は小学一年の教科書から
学びなおしたとのことでした。

祖母も独学で実力をつけたのでした。

 

(この話を聞いたときに
祖母の血を確実に継いでいるんだなぁと
思いました。)

そして激戦だった教員志望者の
県内の定員40名に見事選ばれ
教師になることが出来たそうです。

 

戦争を経験した祖母が伝える言葉

 


しばらくして他の学校で
35歳の若さで校長をしていた祖父と結婚

祖母は教師を引退します。

終戦前に祖父が国の命令により
台湾の日本帝国小学校の校長として
勤務することになり

新婚1週間たたないうちに
台湾へ行きました。

そこでは


CIMG0204 / senngokujidai4434

 

空襲の中、祖母は子供を産んだり
敗戦後は着の身着のまま裕福な家を捨て
命からがら日本に帰国

 

 

しかし終戦前の大分市内が受けた空襲により
町の中にあった実家もすべてなくなっていました。

今まで積み上げてきたものは
全て灰になり
日本が混乱している中
一からやり直す事になったそうです。

そんな祖母は後に
母に言葉を遺しています。

 

[aside type=”pink”]「子供を産み、育てる女だからこそ
知識を付けなさい。勉強しなさい。
本を読みなさい。

 

知識さえあれば、いくら火事になっても
燃えやしない、命がある限り
誰にも奪えないから。[/aside]

知識は裏切らない誰にも奪われない絶対的なもの

この言葉は私が大学生の頃聞いたと思います。
その頃は死ぬ気で勉強していたので
とても身に染みて実感しました。

以前にも記事にしましたが祖母の言葉を聞いて

知らないことがあることは罪だ」と思うようになりました

そして私は祖母の言葉に

「経験・技術は失わない」

これを追加しました

私が今まで学んできたことから感じています。

絵でいえばデッサン、色の使い方
バランス、筆などの画材の使い方

栄養士でも調理法
味のバランス、献立の立て方
食材の旬によって変わる味
などです。

 


今の時代に生まれて
好きなことをジャンルに問わず
片っ端から学ぶことができる。

この時代に生まれたことを
命をつないでくれた両親や祖父母に感謝します。

祖母の言葉は女性に限らず
全ての人に共通の言葉ではないでしょうか?

この言葉が読んでくれた方の
学ぶことへのヒントになることを願っています。