手話を覚えようと思った、たった一つのきっかけ

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おはようございます
misaです

今日は(以前の記事にも書きましたが)手話を覚えようと思った
きっかけをシェアします

皆さんにも興味を持っていただければ
と思います。

これは世界共通の手話「I Love You」です☆

 

きっかけはあの日だった。

 

地元で前代未聞の大地震が襲った日

皆さんの記憶にも新しい
H28、4/16・熊本、大分地震

私の地元おんせん県地獄も
のちに震度6弱という

60年以上生きてきた両親も
経験したことがない
地震が襲いました。

深夜ということもあったせいか
地元の混乱は異様なものでした。

阪神淡路大震災も
東日本大震災も
同じ日本で起きたことでしたが
九州という離れた場所もあってか
なかなか実感出来ずにいました。

幸いながら地元では
死傷者は出なかったものの
未だに大きな爪痕を各地に残しています。

 

はたして障がい者に正しい情報が
伝えられているのか?

私は栄養士を去年の3月いっぱいで
退職し、障害者を支援する
公的機関で働いていました。
地震が起こった時は働き出したばかりの時で

障がい者の方は大丈夫だろうか?
と思いました。

当時地元のケーブルテレビでは被害状況や
地震の詳細が放送され続けていましたが

ケーブルテレビに入っていない家庭は
見れません

私は行ってませんが
避難所は多く開設していました

余震が多く、友人はほとんど
避難していました

避難所にも障がい者の方が
避難しに行くのではないだろうか

そのとき誰かちゃんと
説明できるのだろうか?

特にろうあの人(聴覚障害者)の人は
文字を見る方法しか情報が
得られないのに
大丈夫だろうか?

そこが気になりました

 

後日知る現状・課題

後になって職員の方に
避難所での障がい者の方の
様子や対応はどうだったか聞いてみました。

多くの方は一度は避難所に来たけど
家に戻ったり、車の中で過ごしたとのことでした。

各地の学校や公民館で開かれた避難所では
障害者を受け入れられる状態ではない
施設環境や機材がそろっていないのです。

(一部施設では車いす用のトイレが
設置されていたようですが
多くの避難所の中で
1~2か所とのことでした。)

 

たとえば重度障害の方なら体温調節が難しく
災害発生当時、夜は寒く
冷暖房完備じゃない施設では
過ごすことが難しい。

備蓄の毛布もひとり一枚なので
それでは耐えきれないことや

段差があって車いすの方が
体育館に上がることが難しい
(古いものはスロープがないところもあります。)

必要な機材や使い捨ての道具
薬などは家に完備しているので
家から動けない
避難してもいずれは戻らなければいけない

ろうあ者の人も避難所で
詳しい情報を聞きたかったが
意思の疎通ができず
あきらめて帰ったそうです。

避難所の人は「誰がどの障害を
持っているかわからないから対応の
しようがない。

ワッペンでもつけててくれたら解るけど」

と言っているようでした。

確かに目が不自由な場合、白杖(はくじゅ)を
持っていたり
盲導犬を連れていたり
肢体不自由の方は車いすだったり

こちらから見ても判断できる
場合もあります

疾患によって障害を持つ方や
人工骨を入れている人は
一見わからない人もいます。

 

自分にできることを考えた。

施設の環境や機材を使うような事は
自分一人ではフォローできないけど

いざというときに手話を覚えておけば
緊急時にろうあ者に
正しい情報を伝えることができれば
そう思いました。

紙とペンがあれば意思の疎通は
とれますが
手話が出来れば
何もいらないですよね。

今グローバル化しておりますが

なぜ様々な言語を勉強して
他の国の人と会話が楽しめるのに

同じ国のろうあの人とコミュニケーション
がとりづらいのだろうとも感じました。

そこに文化として手話があるなら
人と人の間に障がいなく
ボーダーレスな人間でいたいな
と思います。

いざという時に助け合える人、ボーダーレスな人間になる!

私はこれからやりたいことは前回もアップしました

bucketlistに手話を覚えることも追加しています。

 

いつ何があるかわかりませんし

もしかしたら将来の旦那様が
グットルッキングガイな
ろうあ者の方かもしれないじゃないですか(笑)

 

楽しみながら手話を覚えていこうと思います

今後、覚えた手話はblogにアップしていきます
お楽しみに!

 

不思議な経歴のわたしの個人情報はこちら

独学系デスメタル系管理栄養士misaって誰?

 

私はいろんなことを独学で学んできました

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